アフリカの民族衣装展
アフリカの民族衣装展
今月のすぺーすくじら 大インドのショール展
7月の企画展はカッチ、パンジャーブ、カシミール、バラナシ、ナガランドなど大インドの各地で作られた技法・素材の異なる多様なショールに注目して展示しました。この地域の展示は2016年のインド刺繍展、2021年のナガランドの染織展以来の企画となりました。悠久の大地インドが生み育てた染織世界を一歩一歩掘り進めたいと思っています。
2024年7月1日よりネットギャラリーにて公開
「プルカリ」は独立以前のパンジャーブ地方の農村で女性たちに愛用されたベールです。私が初めてインドを訪れた1970年代には既に実用としては使われておらず、書物で見るとPhulkariとあり、当然「プルカリ」と呼んでいましたが、実際インドの商人たちは「フルカリ」と発音されていました。「フル」は花、「カリ」は仕事、花の刺繍を意味することと教わりました。
17世紀初めにヨーロッパから訪れた旅行者は当時の美しさを書き残していますが、現在のパンジャーブではフルカリについては何も知らない人が多いと云います。しかし、かつてはこのパンジャーブ地方の女性たちにとって、フルカリは欠かせない婚礼の持参品でした。少女時代から母や祖母に刺繍を習い始め、婚礼時までに布一面に煌めく刺繍を自らの手で作り上げ、人生の大きな役割をはたす布でした。
フルカリは自家製の木綿を摘み取って紡いだ糸を細巾に手織りし、3枚を接ぎ合わせて大きな布に仕立てました。地色は茜の濃淡の赤茶系と、藍の深い濃紺,晒された白などが使われ、赤はヒンドゥー教徒の間では神に敬意を払う色とされ、藍はクリシュナ神の肌の色であり、夜明けを意味します。刺繍糸は撚られていない絹の真綿糸が用いられ、主にダーニングステッチで埋め尽くしていきます。特に西パンジャーブ(パキスタン)のバーグとよばれる、庭園を表した幾何学文様のフルカリは、布の裏から布目の織り糸を数え、拾いながら刺していきます。表面には長い糸目が全面を埋め尽くし、まるで絹のブロケードのようになり、糸の向きを変えた部分は光の反射で違った色に見え、光を効果的に捉えています。
一方、東パンジャーブ(インド)はサインチフルカリと呼ばれる、晴れの日に相応しい、愉しい暮らしの図が具象文様で描かれます。動物や人物、憧れの装身具、娯楽のゲーム盤など、豊かな暮らしへの願いが込められています。
岩立ミュージアム「煌めく刺繍布 フルカリ展」(2016年)案内より
各地のショールの素材と技法

アヒール族のショールの「カラムラー」、上質な経縞のマシュルーを用い、煌びやかなミラー刺繍で彩られた婚礼用のものです。マシュルー(mashru)は緯糸に綿・経糸に絹を配し、朱子織の技法により表面にのみ絹地が現れるようにした織り布で、動物性の絹が肌に触れることの許されないイスラームの習慣から生まれたものだそうです。

パキスタンハザラ地方(旧ペシャワル地方)のバーグの儀礼用ショールです。茜染めの細い木綿糸で手織された細巾布4枚を接ぎ合わせた大きな布の表面に隙間なくダーニングステッチが施されています。裏面に刺繍糸があらわれない繊細な技術を駆使したショールで完成までには気の遠くなるほどの 手間隙を費やしたものです。

パキスタン南部のスィンド州で”カカル(kakkar)と呼ばれる雲状文様のアジュラックです。ムスリム男性用ショールやターバンとして使用されています。綿布に木版で媒染・防染を施し茜と藍で染め上げたものです。この地域では古代インダス文明期に木綿の栽培や茜染めが行なわれていたことが遺跡発掘と分析研究により確認されています。四千年もの昔からの染織技法が今も継承されていることに驚かされます。

「ラジャスタン、ジャイプールの貴族のカシミアウールの掛布、赤色のものは、葬式の時死者の体を覆うのに用いるもの、貴族の家には人が死んだときの贈り物にするために常にこのような裂が準備しておいてあった」と山邊知行コレクション「インド染織」(源流社)にあり、ショールとしての用途については詳細不明です。

ラバリ族のショール「ルディ」、自家製毛糸を用い手織された布は昼夜の温度差、乾燥の過酷なこの地には最適です。婚礼用のこのベールは絞り模様だけでなく邪視除けのミラー刺繍が施されています。中央に配した花文は地域によって数や配置が異なるそうです。

パキスタン北西部に生活するコーヒスタン族の婚礼用ショールです。黒の木綿地を台布に、紅赤・赤・朱の赤系を主に多色の絹糸とビーズ刺繍が見事なものです。辺境山岳地帯で土着の信仰のもとに生きてきた民族に伝え継がれてきた神秘的で独自モティーフの刺繍ショールです。

バラナシ(ベナレス)で近年作られた機械織のショールです。バラナシは絹織物の栄えた都市で金糸を使った錦織、キンカブの製作で千年の歴史を持つ長い歴史があります。バラナシで は薄地にアブラワン(流れる水)と呼ばれる斜め文様と金糸を多用したショールが特徴的とのことです。このショールは娘が初めてインドを旅した時に買ってきてくれたものです。
ミャンマー、カチン州ラワン族(購入当初ナガランドのものと思っていました)のショールを大インド展で紹介するかどうか迷いましたが稀少な布なので参考資料として取り上げました。色糸以外はイラクサを輪奈織(パイル織)で手織りしています。織幅33~40cmの三枚を接ぎ合わせ 仕立てたもので巻衣(ショール)として使用します。
参考資料
「インド 大地の布」 岩立広子著
「世界の伝統服飾」 文化学園服飾博物館編著